はじめに

近年、アメリカでは店舗数削減や経営再建に踏み切るアパレルブランド、百貨店が頻発するようになりました。例えば、2019年8月にはバーニーズ ニューヨーク(BARNEYS NEW YORK)が、2019年9月29日にはフォーエバー21(FOREVER21)が相次いで、連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)を申請しました。さらに、2020年春以降は、新型コロナウィルスによるダメージにより、特に百貨店が苦しい状況にあり、J.C.ペニー(J.C. PENNEY)が連邦破産法11条を申請、そのほかノードストローム(NORDSTROM)やメイシーズ(MACY’S)も複数店舗の閉店を発表しています。
このようにアメリカのハイブランドや大手百貨店において、経営難のニュースが相次ぐ中で、Direct to Consumer(以下「DtoC」とします) という新しいビジネスモデルがアパレル業界を中心に成長を見せています。
そこで本稿では、注目のDtoCスタートアップについて紹介するとともに、既存のビジネスモデルとDtoCとの違いや日本企業が海外進出する上でのポイントについて説明していきます。
DtoCとは?

DtoCとはDirect to Consumerの略で、消費者への直接販売を行うビジネスモデルを意味します。製品が消費者のもとに届くまでには、資金調達、設計、生産、販売、配布という過程を経ますが、DtoCではこの一連の過程がすべて同じ会社によって行われているサービスということもできます。つまり、従来の小売ビジネスでは仲介業者が介在するのが一般的であるところ、DtoCでは仲介業者を省き、生産者が消費者に直接製品を届けるのです。
DtoCの中でも特に、近年盛り上がりを見せているスタイルを、DNVB(Digitally Native Vertical Brand)と呼ぶこともあります。これは、デジタルネイティブとされるミレニアル世代以下の消費者に対して、Webを介してストーリーテリングの手法で商品の販売を行う、インターネット時代のブランドという意味を持っています。
仲介業者を持たないことで経費削減となり、販売価格を抑えながらより優れたデザイン、品質、サービスを提供できるようになります。現在は、アパレルから食品業界まで、様々なDtoCビジネスが登場しています。
注目のDtoCブランド
2012年以降、ベンチャーキャピタルによるDtoCビジネスのスタートアップへの投資額は30億ドル以上にのぼります。ここでは、アメリカのアパレル界で注目のDtoCスタートアップをいくつか紹介します。
Warby Parker(ワービー・パーカー)
https://www.warbyparker.com/
Warby Parkerは、2010年にペンシルバニア大学に在学中であった4人の学生が立ち上げたメガネのDtoCブランドです。
Warby ParkerのDtoCモデルでは、まず顧客に複数種類のメガネを送付します。そして、顧客は自宅で試着後、不要なメガネを送り返すのです。顧客が店舗に足を運ぶことなくオンラインで試着、購入できる仕組みが、Warby Parkerの特徴で、自宅で眼鏡を選ぶ便利さが受けて、創業以降大きな成長を見せています。
Warby Parkerでは、顧客が眼鏡の試着写真をSNS上に投稿して、友人や家族にアドバイスを求めていることをうまくマーケティングに活用しています。#warbyhometryonのハッシュタグでSNSに試着画像を投稿するよう顧客に依頼しています。そして、その見返りとして、顧客はオンラインのパーソナルスタイリストからアドバイスを受けることができるのです。
また、同社ではインフルエンサーマーケティングにも積極的です。YouTubeのインフルエンサーに、メガネを提供、試着動画を投稿してもらっています。
Everlane(エヴァーレーン)
https://www.everlane.com/
2010年に創業したEverlaneは、それまでのアパレル業界では前例のないコンセプトを備えていました。各製品の製造にかかる費用について全内訳(原価・材料費・労働費・関税・輸送費・工場リストなど)を公開しています。また、Everlaneのウェブサイトでは、製品が製造されている工場を垣間見ることができ、衣服を作っている労働者の様子を見ることができます。主にミレニアル世代の消費者層を中心に過剰なまでの透明性が支持を得て、Everlaneは飛躍的に成長しました。
2018年、Everlaneはサプライチェーンからバージンプラスチックを排除し、オフィスおよびサプライチェーン全体で使い捨てプラスチックの使用をやめるという野心的なプロジェクトに着手しました。そのプロジェクトの一環として、リサイクルされたペットボトルを原材料としたアウターウェアを開発し、コレクション内のすべてのアイテムについて、リサイクルされたプラスチックで作っているとのことです。
Dollar Shave Club(ダラーシェイブクラブ)
https://www.dollarshaveclub.com/
2011年設立のDollar Shave ClubではサブスクリプションベースのDtoCビジネスモデルをとっています。サービスに登録すると、毎月自動課金され、毎月、商品(カミソリの替刃)が顧客の家に直接送られます。
驚くべきはわずか1ドルという低価格です。Dollar Shave Clubは高性能・高品質の流れに逆行して、シンプルで最低限の機能性の製品を作ることで製造コストを最小限に抑えたのです。また、DtoCモデルなので、仲介業者にかかるコストを省くことができます。このように他の製品に比較して圧倒的な低価格を実現することで、市場シェアの獲得に成功しました。
Dollar Shave Clubの顧客数は2016年には300万人に達し、同年Unileverに10億ドル(約1140億円)で買収されました。設立時の資金調達総額は1億6300万ドル(約185億円)だったので、設立から年で大きな成長を遂げたことが分かります。
Casper(キャスパー)
https://casper.com/
Casperは、2014年に設立されたマットレスブランドのDtoC企業です。ベッドの利用が一般的なアメリカでは、日本に比べるとマットレス市場は非常に大きなものです。
マットレスの購入では、ソフト、プラッシュ、セミファーム、ファームといった硬さをはじめとして、価格、サイズ、素材など様々な選択肢を検討する必要があります。Casperでは、マットレスの完成度を高め、選択肢を極限に減らすことで、ユーザーの選ぶストレスを低減させたことがヒットに繋がりました。また、100日間の返品保証や、自宅までの配送など、消費者に安心感と利便性をもたらしていることが受け入れられています。
Casperでも、インフルエンサーマーケティングを行なっています。そして、ターゲット層を広く持つのではなく、都市部に住むミレニアル世代の消費者層にリーチする戦略をとっています。トレンディでユニークなブランドイメージを掲げ、従来のマットレス企業との差別化を図っています。

なぜDtoCが増えてきたのか?

ここ数年で、DtoCが成長を見せているのには、いくつかの理由が考えられます。ここではDtoCを後押しする要因について考察します。
①消費者へのリーチの容易さ
Instagramなどのインフルエンサーマーケティングの台頭により、立ち上げて間もないブランドであっても大規模かつ比較的低コストで顧客にリーチすることができるようになりました。
②インフラストラクチャ
AWSやGoogle Cloudのようなクラウドプラットフォームでスケーリングする機能など、インフラストラクチャの改善はDtoCにとってプラスに働きます。また、シンプルな決済システムと提供するStripe、ECビジネスを実行するためのワンストップショップとなり得るShopifyなどDtoCが発達しやすいインフラが整ってきたのです。
③迅速なプロトタイピング
中国との商業チャネルが活発化したことで、アメリカのスタートアップ企業がプロトタイプを作成したい場合、中国側のリソースを利用し、迅速に作成することができます。
④クラウドファンディング
起業家向けクラウドファンディングサイト、「Indiegogo」や「Kickstarter」では、早期の需要を生み出すための立ち上げプラットフォームを提供しています。このようなサイトの成長はスタートアップ企業にとってメリットが大きいといえます。
日本のDtoCビジネス
海外で盛り上がっているアパレル界のDtoCですが、徐々に日本国内でもDtoCブランドが広がってきています。ここでは、日本のアパレルDtoC企業を紹介します。
Factelier
https://factelier.com/
「職人の情熱とこだわりがつまった語れる商品を適正価格で」というブランドコンセプトのもと、工場直結アパレルブランドを展開しています。中間業者を介さず工場と消費者を直接結ぶことで、工場独自のこだわりを詰め込んだ高品質な商品を、従来の1/2以下の価格で提供できるとしています。
MIXX
https://mixx.jp/
「わたしらしいを選ぼう」というブランドコンセプトのもと、質問に答えていくだけで自分だけにカスタマイズされたシャンプーをオーダーメイドすることができるサービスを提供しています。
picki
https://picki.jp/
pickiはある特定のブランドを提供しているのではなく、アパレル界のDtoCプラットフォームを展開しています。クリエイターがオリジナルのアパレルブランドを立ち上げることができる新たな仕組みです。『7割のサンプル』を作るというコンセプトを掲げ、消費者が一緒にものづくりに参加できる余白を残していることが特徴です。
DtoCブランドで海外進出する際の戦略

現在、アパレル業界で盛り上がっているのは主に、製造小売(Speciality store retailer of Private label Apparel:SPA)のスタイルで行うDtoCビジネスです。このようなDtoCブランドが成功するには、企業とユーザーの関係構築が鍵となります。直接販売という特徴を活かし、ユーザーが一体感を感じられるようなコンテンツを提供することで、従来の小売ビジネスでは提供することのできなかった付加価値を作り出すことができるのです。
誰もが気軽にインターネットにアクセスできるようになった現在、ネット上で消費者に直接訴えかけるアパレルブランドを展開するハードルが低くなりました。特に海外ではDtoCビジネスが広まっており、日本の企業が海外でDtoCブランドを展開するメリットは大きいといえます。
消費者は汎用的な大量生産ブランドを使うのではなく、ブランドのメッセージに共感して、自分自身もブランドに参加している気持ちを味わいたいと考えています。このような購買文化の変化は、新しいビジネスが生まれる大きな力となります。
日本企業が海外で店舗を設けるのは簡単ではありませんが、オンラインショップであれば既存のプラットフォームを利用することもでき、ハードルが下がります。オンラインで成功を収めたあとで、海外でリアルな店舗を開店することもできるでしょう。
また、DtoCでは、中間業者を介さないため、顧客のニーズをしっかりと捉えることができれば、日本と海外とのビジネス文化の差に悩まされることが少ないことも、海外進出の上ではメリットとなります。
今後、アパレル業界で海外進出したいと考えている日本企業は、アメリカのDtoCスタートアップに注目してみると、多くのヒントが得られることと思います。
