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はじめに:売上が伸びても利益が出ない理由

市場規模の大きいアメリカ市場への越境EC(電子商取引)に挑戦する日本の中小企業や個人事業主の多くが直面する共通の課題──それは「売上は順調に伸びているのに、なぜか手元に利益が残らない」という現実です。
実際、市場調査も行い、広告運用やInstagram・TikTokといったSNSマーケティングを駆使して集客には成功して人気も得ているにもかかわらず、「黒字倒産に近い状況に陥っている」「月商100万円を超えても利益が数万円しかない」といった声は少なくありません。
その要因の多くは、”見えにくいコスト”の積み重ねにあります。たとえば以下のようなコストが、売上から静かに利益を削っていきます:
・為替の変動による収益の目減り
・ドル建て決済にかかる為替手数料やプラットフォーム手数料
・アメリカ国内への配送コストや返品対応コスト
・関税・通関費用・売上税(Sales Tax)への対応の不備
・現地に合わせた製品価格設定の甘さ
・サイト上のコンバージョン導線の最適化不足
このように製品の価格設計や越境ECサイトの構成が適切でなかったり、為替変動、決済手数料、現地物流コスト、関税、消費税対応など、”見えにくいコスト”が収益を圧迫しているのです。利益を最大化するためには、売上だけでなく”運営コストの最適化”にも注目する必要があります。特に、自社の越境ECサイトであれば、販売チャネルや決済構造を自ら設計できる自由度が高いため、戦略的にコスト管理を行うことで、利益を残しやすい仕組みを構築することが可能です。簡単ではありませんが、米国市場では、「なんとなく売れている」から「計画的に利益を出す」へと運営のフェーズを進化させる必要があります。
本記事では、アメリカ向け越境ECの中でも特に「コストを圧迫する代表格」である「ドル決済」「現地配送」「税対応・関税」に焦点を当て、サイト運営者が取るべき実務的かつ再現性のある低コスト運営術をご紹介します。
【ドル決済】手数料と為替で利益を削らないために

為替と決済手数料の基本構造
アメリカ向け越境ECにおいて、ドル建てでの取引は避けて通れません。しかし、ここに大きな落とし穴があることをご存じでしょうか。売上がドルで発生しても、日本円に換金する過程での為替レートや、プラットフォームや決済代行会社が徴収する手数料によって、実際に手元に残る金額が大きく目減りしてしまうのです。
越境ECにおけるドル建て決済では、多くの事業者がPayPalやStripeを利用しています。しかし、PayPalは為替手数料として2.5〜4%程度が上乗せされていることがあります。Stripeも一定の手数料が発生し、円建て受け取りでは為替差損が避けられません。また、プラットフォームによっては「見えない為替マージン」を上乗せしているケースも多く、単純な為替変動以上に利益を削られていることも少なくありません。
このリスクを回避する第一歩は、「ドルのまま受け取り・ドルのまま使う」運用の導入です。たとえば、Wise(旧TransferWise)やRevolut Businessなどのマルチカレンシー口座を活用することで、現地通貨(USD)のまま売上を受け取り、必要に応じてドルで仕入れや広告費を支払うことができます。これにより、無駄な為替変換の回数を減らし、コストを削減することが可能です。
さらに、為替変動による利益圧迫を防ぐために、為替予約や先物取引といった「為替ヘッジ」を導入する企業も増えています。為替リスク管理は一見ハードルが高いように思えますが、専門家や銀行と連携することで、毎月の収支に安定性を持たせることができます。
また、決済代行業者を選定する際には、「為替手数料」や「送金手数料」の明示性・透明性も確認しましょう。中には手数料が低く見えても、実際には不利な為替レートが適用されていることもあるため、総コストで比較する視点が重要です。
最後に、越境ECでありがちな失敗として「すべて日本円ベースで考えてしまう」点が挙げられます。ドル圏で売る以上、ドルで利益構造を設計するという視点が欠かせません。為替の波に翻弄されないためにも、通貨を味方にする戦略が、収益最大化への第一歩となるのです。
為替損を抑える3つの方法
1.Wise Business(旧TransferWise)を活用
→ アメリカのバーチャル口座を開設し、USDのまま売上を受け取ることが可能です。円転のタイミングを自分で調整できるため、為替が有利なときに換金することでコストを最適化できます。
2.多通貨管理ができるネット銀行(例:Payoneer)を併用
→ 売上を一時的にドルで保持し、円安時に換金することで「為替差益」を狙うことも可能です。為替市場のトレンドを見ながら計画的な資金移動が行える点も大きなメリットです。
3.Shopify Paymentsの多通貨対応+為替固定設定
→ 顧客にはドル表示を維持しつつ、自分は円建てでの受け取りや為替レート固定が可能になります。価格の安定性とコストの見通しが立てやすくなるのがポイントです。
事例:PayPalからWiseに切り替えたD2Cブランド
ある日本のD2Cアパレルブランドでは、2023年時点はPayPal経由で毎月100万円程度の売上に対して、決済手数料と為替コストだけで約5万円が失われていました。そこでWiseを導入し、売上をドル建てで受け取った後、必要に応じて手動で円転する仕組みに変更。結果として、年間で約60万円以上のコスト削減に成功しています。
【現地配送】フルフィルメントと送料設計で利益を守る

日本発送の限界と落とし穴
越境ECにおいて「どこから発送するか」は、コストと顧客満足度を大きく左右する重要な要素です。特に日本からアメリカへの直送は、コスト面・スピード面の両方で限界が見え始めています。
たとえば、日本郵便が提供するEMSやePacketなどは、比較的低コストで利用できる海外への配送手段ですが、2025年現在はアメリカのインフレや燃油サーチャージの影響で料金が年々上昇しています。さらに、配送日数は通常でも7〜10日以上かかり、ホリデーシーズンには2週間以上の遅延も珍しくありません。また、紛失や破損のリスクも避けられず、顧客対応の工数増加にもつながります。
一方、アメリカの消費者にとって「2〜3日で届くこと」は当たり前の感覚です。Amazon Primeの影響もあり、配送スピードが遅いとそれだけでカート放棄率が上がり、リピート購入率(LTV)も低下します。つまり、配送の遅さは見えない「販売機会損失」として、利益を確実に削っていくのです。
解決策:現地倉庫を活用する「分散型フルフィルメント」
この課題を解決するために注目されているのが、アメリカ国内に在庫を事前に送っておく「現地倉庫型」の「分散型フルフィルメント」戦略です。特に、自社サイトを中心とした越境ECの場合、Amazon以外の配送戦略が必要となるため、現地倉庫の活用は顧客満足度と利益率の両立に大きく貢献します。このモデルでは、まずある程度まとまった量の商品を現地の倉庫に輸送し、注文が入ったタイミングでアメリカ国内から配送することで、次のようなメリットが得られます:
・配送スピードが格段に向上(最短翌日配送)
・顧客満足度が上がり、リピート率が改善
・一件あたりの送料が大幅に削減
・日本からの個別発送よりも関税・通関処理がシンプル
・返品対応がスムーズになり、クレーム削減につながる
ただし、現地倉庫を活用するにはいくつかの選択肢があり、それぞれコスト・柔軟性・ブランディングへの影響などの点で異なります。以下に主要なオプションを比較してみましょう。
選択肢比較一覧:
オプション | メリット | デメリット |
---|---|---|
Amazon FBA | – 圧倒的な信頼感(配送品質・速度) – Prime対応により購入率が高まる | – 手数料が高額(保管・出荷・返品手数料) – 梱包やラベル制限があり、ブランド表現が困難 |
ShipBob・Deliverr | – 自社ECサイトとの連携が容易 – 柔軟な在庫管理・出荷ルールが設定可能 – 複数倉庫による全国分散配送が可能 | – 導入には審査や契約が必要 – ダッシュボード管理に慣れる必要がある |
自社契約の倉庫委託(3PL) | – パートナーによって価格交渉や独自条件が可能 – 梱包・同梱物などブランドコントロールが自在 | – 初期交渉や運用構築に時間がかかる – 英語でのやり取りや物流管理スキルが求められる |
このように、どの選択肢にも一長一短があるため、自社の販売規模・商品特性・運営リソースに応じて適切な倉庫パートナーを選定することが重要です。
たとえば、
・テスト販売段階ではAmazon FBAを使い、まず市場ニーズを検証する
・軌道に乗ってきたらShipBobやDeliverrに切り替えて利益率を改善する
・独自ブランドを確立したい場合は、自社管理の現地倉庫と契約して独自配送体制を整える
といったように、段階的にフルフィルメント戦略を進化させていくのが、利益最大化のポイントとなります。
ケーススタディ:ロサンゼルス倉庫で売上1.8倍に
実際の事例として、東京を拠点とするクラフト雑貨ブランド「IRO」では、以前は日本からの発送に10日以上かかっていたことで、リピート率が伸び悩んでいました。そこで2024年、ロサンゼルスにあるフルフィルメントサービス「ShipBob」と契約し、在庫を一部現地保管に切り替えたところ、配送日数は2日以内に短縮。顧客満足度が向上し、リピート率は23%から41%に上昇、売上も半年で1.8倍に成長しました。
送料無料戦略の設計
また、送料設計も利益に直結する重要な戦略です。特に、ECサイト内の商品ページで「送料無料ライン」や送料条件を明示することで、カゴ落ち率の低下や客単価アップが期待できます。単品販売では「送料別」で価格と利益をコントロールしやすくなりますが、セット販売や「〇〇ドル以上で送料無料」といった戦略を組み合わせることで、客単価を引き上げながら送料無料を実現することが可能です。送料が無料になることで購入ハードルが下がり、SNS上でのシェアやリピート注文にもつながるため、長期的には大きなリターンを生み出します。
重要なのは、「送料無料にする=コストを負担する」ではなく、「送料無料にしても利益が出る設計をする」こと。現地配送と価格設計を連動させた戦略こそが、越境ECの成功に欠かせない鍵となります。
【税対応・関税】知らなかったでは済まされない法的リスク

越境ECをアメリカ市場で展開する際、最も見落とされがちで、かつ「知らなかったでは済まされない」のが税務と関税対応です。売れた分だけしっかりと申告・納税しなければ、後から多額の追徴課税や法的ペナルティが発生するリスクがあります。
アメリカのSales Tax(売上税)の仕組み
特に注意すべきなのがアメリカ各州に存在するSales Tax(消費税)の管理です。アメリカでは州や都市ごとに課税ルールが異なり、一定以上の売上がある場合は州への登録と納税義務が生じます。とはいえ、全米50州の税制を自社で把握・対応するのは現実的ではありません。
例:カリフォルニア州では年間売上10万ドル or 200件以上で登録義務あり。
自動計算・申告を支援するツール
このような課題に対して有効なのが、TaxJarやAvalaraといったSales Tax対応ツールの導入です。
・TaxJar(Shopifyと連携可能)
・Avalara(より大規模な運用に対応)
TaxJarはShopifyなど主要なECサイト構築ツールと連携可能で、自動で税率を計算・徴収・レポート化してくれます。小規模ECでも月数千円程度から利用でき、手作業の負担を大幅に削減できます。より大規模な運用や複数州での登録が必要な場合は、より高機能なAvalaraが適しています。いずれも、法令対応の精度と実務効率の両立に役立つツールで、Sales Taxを自動で計算・徴収・申告サポートしてくれるため、小規模ECでも導入が現実的です。
関税・輸入規制:FDAやHSコードに注意
さらに見落としがちなのが関税と輸入規制の存在です。アメリカでは、商品によってはFDA(アメリカ食品医薬品局)の登録や特別な審査が必要な場合があります。たとえば、日本から緑茶を輸出する場合、飲料や食品として扱われるため、FDA登録をしていないと通関時に保留・没収される可能性があります。また、日本では化粧品として販売できる商品でも、アメリカでは「医薬品」に該当し、無許可での販売が違法になるケースもあります。
これらを回避するには、商品ごとにHSコード(税関分類番号)を確認し、関税や輸入規制の対象かどうかを事前に調査しておくことが重要です。JETRO(日本貿易振興機構)や、専門の通関士に相談するのも効果的な対策です。
よくあるトラブル例:
・緑茶が「食品扱い」され、FDA登録なしで通関保留に
・コスメが「薬事扱い」で販売禁止、返送対応に追われる
対策:
・商品ごとにHSコード(税関分類番号)を確認
・FDA登録が必要かを販売前に必ず確認
・弁護士、税理士、行政書士などの専門家に相談
【チェックリストとツール】今すぐできる最適化アクション

越境ECにおける利益改善は、「売上を伸ばす」だけでなく、「無駄なコストを減らす」ことが極めて重要です。ここでは、すぐに実行できるコスト最適化のチェックリストと、実務を支援してくれるおすすめツールを紹介します。日々の運用に組み込むことで、確実に利益率を引き上げることができます。
コスト見直しチェックリスト
・決済手数料の確認(PayPal → Wise/Stripeで比較)
現在使っているサイトの決済手段(例:PayPal)の手数料率と為替手数料を見直しましょう。WiseやStripeなど、手数料が明確かつ低めのサービスに切り替えることで、月単位で数万円のコスト削減が可能なケースもあります。
・為替レート設定の調整(円建て or ドル受取)
ドルでの受け取りか、円建ての固定レートにするか、戦略的に選びましょう。Shopify Paymentsでは多通貨対応の設定も可能で、為替変動リスクを抑えた販売が実現できます。
・配送業者・現地倉庫の見直し
日本発送だけに頼っていませんか?遅延や高コストを回避するため、サイトの商品配送設定を見直し、アメリカ現地のフルフィルメント倉庫(例:ShipBob)の活用を検討しましょう。スピードと顧客満足度を両立できます。
・Sales Tax対象州の確認と登録
売上が増えると、自動的に課税義務(ネクサス)が発生する州が出てきます。TaxJarやAvalaraを活用し、自社が対応すべき州を定期的にチェック・登録しましょう。
・FDA・関税のチェックと事前準備
販売商品が食品や化粧品の場合は、FDA登録が必要かを必ず確認。商品ごとのHSコードを調べ、関税額や規制の有無を専門家と相談しておくことが重要です。
おすすめツールまとめ
項目 | ツール・サービス名 | 概要 |
---|---|---|
決済・通貨管理 | Wise, Payoneer | USDで受け取り、為替タイミングを自分で選べる |
配送・物流 | ShipBob, Amazon FBA | アメリカ現地倉庫からの高速発送対応 |
消費税(Sales Tax)管理 | TaxJar | Shopifyと連携、各州の税計算・徴収・申告補助 |
大規模な税務対応 | Avalara | 多州対応、複数チャネル・法人の税管理に最適 |
決済プラットフォーム | Stripe / Shopify Payments | 多通貨決済、為替固定設定が可能 |
商品規制チェック | 専門家相談 | 関税率・FDA登録などの法規制を事前確認 |
売上はそのままでも、支出の見直しだけで年間数十万〜数百万円の利益改善ができる可能性があります。日々の運営にこのチェックリストを組み込み、ムダなコストを一つずつ削減していきましょう。
まとめ:売上よりも「粗利の質」が大事な時代へ

かつての越境ECでは、「売上さえ伸びれば利益は後からついてくる」という考え方が主流でした。しかし2025年の今、インフレや為替変動、物流費の高騰、複雑化する税制など、多くの要因がコストを押し上げ、「利益の出づらい時代」に突入しています。
このような環境では、ただ売上を追うのではなく、「いかに効率よく利益を残すか」=粗利の質を高めることが、ビジネスの持続性に直結します。特に、正確な情報に基づいた運営判断が重要になります。
本記事で解説した「ドル決済」「現地配送」「税対応」は、一見すると地味なバックエンド領域かもしれませんが、実はECサイト全体の利益構造を左右する中核的な要素です。これらを知り、見直すだけで、年間数十万円~数百万円規模の利益改善が可能になります。
売上ばかりを追いかけて、裏側にある「利益を食うコスト構造」を放置してしまえば、いずれ収支は崩壊します。そうならないためにも、まずは自社の収益構造を冷静に棚卸しし、「どの部分にどれだけのコストがかかっているのか」を情報として可視化することが第一歩です。
そして、次のような低コスト運営の実践を一つずつ積み上げていきましょう:
・決済・為替の仕組みを見直し、最適なタイミング・サービスで外貨を扱う
・日本発送に固執せず、現地倉庫やフルフィルメントの活用で配送最適化を図る
・Sales Taxや関税・FDA規制に対応した法務体制を整える
加えて、越境ECに精通した専門家から正しい情報を早期に得ることも、コスト削減以上の価値があります。弁護士、税理士や通関士、物流のコンサルタントなど、経験豊富なプロに相談することで、自社では知り得なかった改善点やリスクが浮き彫りになります。費用はかかりますが、将来的な損失を防ぐ”投資”として十分に回収可能です。
もはや、「売上の数字」に一喜一憂する時代ではありません。知り、選び、戦略的に動くことで「利益が残る体質」を作ることこそが、先の越境EC成功のカギとなります。今こそ、見えないコストに光を当て、粗利の質を高めるアクションを始めましょう。