目次
1.はじめに
近年、教育分野は根本的な変革を遂げようとしている業界です。現代の教育を受けている世代は、多くの大人世代が子供の頃に経験した教育システムとは、まったく別のアプローチをされはじめており、普遍的で、聖域と思われていた教育分野でも、大きな波が起きています。
EdTechとは、教育(Education)× テクノロジー(Technology)を組み合わせた造語で、教育にイノベーションを起こすビジネス、サービス、スタートアップ企業など教育関連技術の総称となります。これまで当たり前と思っていた考え方、仕組み、制度も含め、基礎から覆す、イノベーションの可能性が期待されています。さらにすべての学習者の学びをパーソナライズすることにEd-techの本当の価値があります。Ed-techは生徒を刺激し、参加させ、やる気を起こさせるのに役立ち、次々と新しい教育方法を作成しています。アジアでは、これらのEdTechを含めた教育技術が、2020年までに5兆米ドルの市場評価に達すると推定されています。この分野は、スマートデバイスの高い所有率とインターネットの普及により、大きな可能性を秘めています。日本では文部科学省が2020年までにすべての小・中学校で1人1台のタブレット端末の導入を目指すという指針を発表したことでEdTechが注目され始めました。そして2018年1月には経済産業省が「『未来の教室』とEdTech研究会」が立ち上げられ、日本でも国を挙げてEdTechを推進しようとしています。野村総合研究所(NRI)によると、2016年度におけるEdTech市場規模を約1,700億円と推計しており、2023年には約3,000億円に達すると予測しています。本稿では、Edtechについて、アメリカでの最新事情をまとめてご紹介します。
2.Edtechのカバーする範囲について
Edtechには、従来型の学びと比べて、
・enhanced learning accessibility(いつでもどこでも)
・using data analytics for learning(分析)
・personalized learning(個別学力にあった学習法を実践していく)
という3つの大きな特徴があります。
これを踏まえて具体的な分野の例を見てみましょう。
2-1オンライン学習
「MOOCs(ムークス)」とは一流大学の講義をインターネット上で無料で受講できるという、学習プラットフォームの総称で2008年頃にアメリカで始まりました。オンライン学習の代表的なサービスとして認知度も高いこのサービスは、一定の基準をクリアすれば修了証をもらえるとして、人気となりました。コースにもよりますが、1か月から2か月程度で修了できる学習プログラムが多くあります。MOOCsに参加している組織としては、スタンフォード大学設立のCoursera(コーセラ)やハーバード・MITが設立したedX(エデックス)と呼ばれる組織が、2800以上の学習プログラムを提供しています。1講義は10分程度で視聴できるものもあり、簡単なユーザー登録で利用できるため、受講者はアメリカだけにとどまらず、世界中から利用されています。また、教育格差の是正を象徴する代表例として、15歳の少年がedXの学習プログラムで優秀な成績を収め、米マサチューセッツ工科大(通称・MIT)に学費免除で進学したエピソードは有名となり注目されました。インターネット環境があれば時間や場所に関わらず学習できるとして、昨今話題となっている「リカレント教育(働きながら生涯に渡って学ぶという理念)など、生涯学習視点での学びの可能性も大きく広げています。2014年には日本でも複数の講座を配信するプラットフォームをまとめたポータルサイト、「JMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)」が設立されました。こちらは国内の主要大学からも講義配信がされていますが、企業と大学が提携しサービス提供している「gacco」や放送大学が提供する「OUJMOOC」など複数の講座を、「JMOOC」で検索し受講することができます。また、これら以外にもオンラインで学べる英会話やプログラミング、楽器演奏などオンラインレクチャーのサービスも増えています。
2-2アダプティブラーニング
学習者一人ひとりに最適化された学習を実現するのが「アダプティブラーニング」です。 個々のレベルや内容を過去の回答や学習履歴から分析し、一人一人に合った学習内容を提案するというコンセプトです。個々に合わせた教育という考え方自体は真新しい物ではなく、従来の教育現場にもありましたが、成績別のクラス分けなどに留まっており、限定的な取り組みの域を出てはいませんでした。現代のアダプティブラーニングの特徴は、ICT技術やソーシャルメディアを活用することで、学習内容や進度を一人一人に合わせて最適化を行うことができる点です。この個別対応はこれまで理想とされてきた教育の姿として関心を得ています。
2-3VRを使った疑似体験学習
VRとはVirtual Reality(バーチャルリアリティ)の略です。
VRの最大の特長は「仮想空間の中で、さも現実であるかのような疑似体験ができる」点です。このことから日本では仮想現実、人工現実感とも呼ばれています。
専用の機器を装着することが必要ですが、リアリティのある体験をどこでも、簡単に繰り返し体験することが可能です。
このVR技術を企業研修などの人材育成や実際に体験することの難しい科目などで、学校教育に活用しようと注目されています。
2-4学習管理の効率化
LMS(Learning Management System)とは学習管理システムや管理プラットフォームの総称です。学んだことを記録し、理解度を分析しながら学習状況を管理する方法です。
教育の効果を最大化させるためには、従来の教育プログラムを単にデジタル化しただけでは不十分だとの認識から、この領域もEdTechが注目している分野の一つです。学習状況を把握し、効率よく管理、運営するための仕組みやシステムが切望されています。これまでに開発された指導者専用の学習管理ツールや育成者、または学習者同士がつながるSNS型ツールなど様々なものが展開されつつあります。
3.ビジネスモデル
すでに数々のEdTechスタートアップによってビジネスが開始されており、これらの企業から、もたらされた革新的なアイデアは従来の教育慣行を覆し、これまで利用できなかった学習体験を生み出しています。先述の各分野から実例をいくつかご紹介します。
3-1オンライン学習の分野では、ユタ州に本拠を置くPluralsightが、エンジニア育成向けのサービスを提供しています。開発者やITプロフェッショナルにオンライントレーニングをすることに焦点を当てており、多くのハイテク企業のエンジニアリングスキルの不足に対処するのに役立つように独自に運営されています。
3-2アダプティブラーニング分野では、
テキサス州に拠点を置くQuickStart社が、チャットボットと人工知能を使用して「CLIPP」と呼ばれるプラットフォームを構築しています。受講者の知識や能力に合わせて学習をパーソナライズ(個別化)するサービスです。
受講者は「プログラミングについて知りたい」、「エンジニアになりたい」など、自分の希望をシステムに伝えます。システムは、そのためにどのようなスキルが必要か、どのような順番で何を学ぶかを判断し、今度は受講者の知識レベルについて質問していき、組み立てた計画を提供します。この計画に沿って生徒が質問をし、必要なときにいつでも支援を得ることができることで学習を継続させることができます。
3-3 VRを使った疑似体験学習で面白いものとして、
カリフォルニア州サニーベールのzSpace 社の教育サービスがあります。ヴァーチャル・リアリティ(VR)と仮想現実(AR)を統合した オールインワンのシステムで、ヘッドマウント型(HMD)とは異なり軽量な3D偏光グラスを装着して、ラップトップ型の機器をスタイラスを使い操作をします。1つのディスプレイを複数人で利用できることが特徴で、現在提供されている教育アプリではインタラクティブな解剖経験や遊びながら物理学を学べるなど、児童、生徒の興味をひく内容となっています。
3-4学習管理の効率化として、カリフォルニア州サンフランシスコのCleverというスタートアップは、学習管理の効率化に寄与するシステムを開発しています。すでにアメリカの幼稚園から高校までの60%の学校が利用しているというこのサービスは、教師が生徒の成績を追跡し、生徒が1回のログインですべての学習資料にアクセスできるプラットフォームです。いわば教師がデジタル教室を作成し、生徒がつながることができるというものです。強固なセキュリティを実装し、生徒のデータを守りながら、利用するには簡単なログインのみという利便性が教師と生徒、双方のニーズにマッチした学習管理サービスです。
4.立場別のメリット、デメリット
まだ始まって間もない学習改革ですが、特筆すべき利点と改善が必要と思われる点も見えてきています。大きく分けてユーザー、育成者側、デベロッパーの3者に対して、それぞれのメリットや課題を見てみましょう。
4-1ユーザー
学習者にとってのメリットは個別学力にあった学習法を実践できることで、理解や定着が深まることです。無駄なく適切な学習を継続できることがEdtech系サービスを利用する一番のメリットです。
普及に向けて懸念される事は、コスト面です。PCやVR装置が必要な場合、相応の費用がかかります。タブレット端末であれば1 台あたり1~5万円程度の費用がかかります。加えて利用者側でのWi-Fi環境の整備やネットワーク の維持、通信にも費用が必要なため、初期投資がかかる事は、初めてとりかかる人にとってはネックとなる点でしょう。
4-2育成者側
従来のように対面で一斉にプログラムを提供するのでは なく、個人個人にカスタマイズされたプログラムを提供できるようになります。
教育の品質が向上しただけでなく、マニュアルや教材作成に要する時間の短縮などにより、間接部門の業務効率化や育成者側の「働き方改革」にもつながるという期待が持てます。
今後は、育成者個人の情報リテラシー向上など、次々と現れる学習プログラムや新しい機材の選択眼が求められます。何をどう提供していくのか、育成者側の目的に合う形で利用できるように情報収集と先立っての理解が必要となります。
4-3ディベロッパー
すでに数々のサービスも出ており、未開拓のブルーオーシャンとまではいかない業界ですが、市場規模が拡大中の教育分野、ひいてはEdtechというカテゴリーは、既存のビジネスから新たな着手先を模索している企業にとって、参入を検討する価値がある部類であると言えます。
課題は有料化、収益化ではないでしょうか。コンテンツの多くが無料で提供スタートしており、さらに、受講登録も手軽にできる一方で、すぐに受講をやめてしまう利用者が多いとも言われています。また、現状では、オンライン講座はオフライン講座と比較して受講者の学習効果が低いとの見解もあり、コンテンツの内容やその提供方法ついて、まだまだ改善の余地がありそうです。
5.おわりに
このように、Edtechはアメリカにおいて既にかなり進んだ状況にありますが、日本でも新たな教育プログラムやプラットフォームが広く普及すれば、教育産業を変えるだけでなく、これらの先進的な教育を受けた人材が、他の分野においても、従来のシステムや働き方を変えていくといった事もありうるのではないでしょうか。
これからEdtechに参入する日本企業も、オンラインで講義を提供するに留まらず、受講者側のデータを蓄積し、ビッグデータとして活用するなど、新しいビジネスを展開することで、世界中から注目されていく可能性が十分にあると考えられます。