目次
1.はじめに
米国ではパンデミックの影響で伝統的な肉のサプライチェーンが打撃を受けており、「Impossible Foods」や「Beyond Meat」などの企業による植物ベースの代替品がこの穴を埋めています。ミートパッキング施設がCovid-19のホットスポットとなり、休業せざるを得なくなった事により、農家が家畜を送る場所がなくなりました。その結果、これらの家畜は大きくなりすぎて処理できなくなったため、中西部の農家は何万もの家畜を処分しなければならず、食肉流通の崩壊が起きたことで、何百万人ものアメリカ人が飢えています。
この背後にある中心的な問題は、食品を消費する複雑な方法です。農家は他の農家が家畜に供給する飼料を育てます。家畜は、加工工場で準備されて店に送られます。このプロセスには多くの仲介者が必要であり、これまでサプライチェーンの主流でした。
しかし、近年、これらの仲介者を削減することを約束する代替案が登場しました。「Impossible Foods」や「Beyond Meat」のような会社は「食肉を育てる」工程を完全にスキップすることができます。彼らの工場は植物材料を本物の「食肉」のような食材に変換します。他の企業では、チョリソーのようなひき肉製品を作るために実験室で成長している動物細胞を使用し、実験している所もあります。大学の研究者たちは、肉の構造を実験室で再現する実験をしています。彼らの単純化された「食肉製造のサプライチェーン」で製造された「代替タンパク質」はパンデミックの間に伝統的な肉に取って代わって広く、消費に結びつくかどうかが注目されています。
2.代替肉の歩み
アメリカのデータバンク会社である「ニールセン」は、5月2日までの9週間で、食料品店での代替肉製品の売上が264%増加したと報告しています。しかし、実際には、パンデミックが発生する前に、代替肉は順調に進んでいました。「Impossible Foods」や「Beyond Meat」の代用肉がファーストフード市場に浸透し、「バーガーキング」、「カールズジュニア」、「デルタコ」で登場し、現在では全国の食料品店で購入できます。食肉業界の関係者によると、第1四半期のフードサービス施設への売り上げは、昨年に比べて今年は50%以上増加したといいます。「Impossible Foods」の幹部は、今年の初めから小売の対象範囲が18倍に増えたと語っています。
これらの企業にとって、生産を拡大する可能性はかなりあります。「私たちはサプライチェーン全体を拡大する初期段階にいます」と「Impossible Foods」の社長であるデニス・ウッドサイドは言います。「当社は、仲介業者を効果的に排除することにより、時間の経過とともに、動物由来の製品と同じ価格設定に下がると信じています。」
代替肉メーカーが比較的急速に成長できる理由の1つは、需要に応じて工場で生産を停止または増加できるためです。一方、農家は動物が屠畜(とちく)するのに十分大きくなるのを待たなければなりません。スケールアップを続けるために、代替肉会社は主に多くの工場を建てなければなりませんがそれは家畜が同じ量のタンパク質を作るため必要なスペースよりにはるかに少ないスペースでできるのです。たとえば、「Beyond Meat」のスポークスパーソンは、4分の1ポンドの米国ビーフハンバーガーと比較して、同じサイズのパティを製造するためには99%少ない土地と93%少ない水を使用するのみだと述べています。
3. Covid-19の影響
いくつかの点で、これらの施設は、従来の食肉加工施設よりもCovid-19のような病気の発生の影響を受けにくい場合があります。従来のミートパッキング工場の労働者は、狭いスペースで肩を並べて仕事をしています。腐敗を防ぐことを目的とした積極的な換気システムは、最終的に呼吸粒子を吹き飛ばし、周囲の温度が低い事で、新型コロナウイルスの生存率が上がります。さらに悪いことに、労働者はしばしば会社のバスに乗ってミートパッキング工場との間を行き来し、施設の外でも密に連絡を取り合うようにしています。
植物ベースの肉を生産する施設は、原料を混合して押し出す機械に大きく依存しているため、従業員は肉詰め工場のように近くに立っていません。「植物ベースの食肉成分を処理する施設は、より清潔で、より安全で、より高度に自動化されています」と、代替食品業界を推進する「Good Food Institute」の企業エンゲージメント担当副ディレクター、Caroline Bushnell(ブッシュネル)氏は言います。「押出機は材料を代替肉に変えることができます。だから、動物を吊るしたり、肉を切り刻んだりする必要はありません。」
しかし、それでも従業員は機器を稼働させる必要があります。そのため、パンデミック時の予防策として、「Beyond Meat」のスポークスパーソンによると、従業員は社会的距離を取っているとのことです。「Impossible Foods」の広報担当者は、同社は社会的距離を強化するとともに、ベイエリアの生産施設周辺のCovid-19伝送速度を追跡していると語っています。ミートパッカー(食肉工場)は、従業員の体温スクリーニングや清掃スケジュールの強化など、予防策も講じています。Caroline Bushnell(ブッシュネル)氏は、「食肉生産工場では、食肉処理場よりもはるかに自動化が進んでいるため、社会的距離がはるかに離れている」と述べています。
しかし現在の状況は追い風のみとはいえず、懸念されている点もあります。
この業界はまだ初期の段階にあり、新製品に使われる技術は非常に新しいので、まだまだ研究、調査を必要としていますが、パンデミックにより研究に必要な資材の供給が滞るなど、研究自体がストップしてしまう可能性もあります。
4.世界的な動向
代替肉生産を考えた時、これらをグローバルな観点で考察することも重要です。食料品の輸入輸出により世界中の国がボーダレスに食糧供給のネットワークにつながっています。2017年に発表された「世界の農林水産」によると、世界人口は「2050年には、現在の72億人から97億人へと増加する」と予想されています。そして、国際連合食糧農業機関(FAO)は、この人口増加をきっかけに「2050年の農業生産(食糧・飼料・バイオ燃料)の生産量を2012年の水準より50%以上増加させる必要がある」と発表しました。すでに食糧危機の注意喚起が出ている中での、パンデミックの発生は世界的な食糧供給の混乱となり、地理的に離れた国同士であっても影響がないとはいえない現状があります。世界に目を向けると、アフリカでは、Covid-19が大陸全体に広がっているさなかに、巨大なイナゴの群れも発生しています。今後の広がり次第で、食料生産と流通をさらに荒廃させる可能性があることを懸念しています。「動物由来の食材は育てるための長い時間が必要なこと、工場生産はその時間を短縮できること」は前述しましたが、急速な食糧難に対応できるスピードを持った生産方法である代替肉生産は、危機的状況にあるアフリカを含め、世界的に必要性を増していくことが考えられます。
5.他の代替食品について
世界的金融機関であるバークレイズの調査によると、次の10年間で1,400億ドルに成長するとされ、活況を呈している「代替肉」業界では、数十社がすでに実験室で育てた魚、牛肉、鶏肉に取り組んでいるといいます。
魚介類にも「代替食材」の波は波及し、シンガポールのスタートアップは、幹細胞から作られた研究室で成長した「エビ」を開発しています。まず、細胞を抽出して栄養素を供給し、次にそれらを安定した82度に保ち、増殖を助けます。幹細胞は、4〜6週間で食用の「エビ肉」に変わります。これは、従来の方法で幹細胞を成長させるよりも約3倍速くなっています。
しかし、これまでのところ、ラボで栽培されたエビのコストは1キロ5,000ドルであり、1つの餃子で換算すると約300ドルもの値段がすることになります。
研究者たちは、この「人工エビ」のコストを下げて、伝統的なエビ養殖による森林破壊と土地侵食など、環境への影響を軽減できることを目標としています。
また、代替食品へ注目が集まる他の要因として、ビーガニズムが高まっていることがあげられます。市場調査会社のGlobalDataのレポートによると、 2014年から2017年の間に米国でビーガンと特定された人の数は600%増加しました。ビーガン食が増加しており、植物ベースの製品を製造していない食品生産者はこれに注目し始めています。食品メーカーは、消費者のニーズを満たすために自社の製品を適応させるか、代替品を展開する必要に迫られています。
世界で最も有名なチョコレートメーカーの1つであるキャドバリーは、植物ベースの新しいバージョンの酪農ミルクチョコレートバーをテストしています。このように、菜食主義の台頭は、多くの食品生産者が新しい植物ベースの代替品を製造し始めていることの要因の一つであるといえるでしょう。
6. 終わりに
ここ数年ファストフード店などを利用していた消費者はCovid-19の影響で、誰もが自宅で料理をするようになり、食料品店を利用しています。アメリカで、産業用肉のサプライチェーンが混乱している今だからこそ、植物ベースの代替タンパク質製品への取り組みは加速しています。「今後も「Impossible Foods」や「Beyond Meat」のように、植物ベースの肉が主流になっていく事で代替食材業界の底上げがなされることが予想されます。
最近では昆虫由来のタンパク質生産について研究が進んでいるという話もあり、代替食材分野の伸びはこれからも注目する必要があるでしょう。