目次
1.はじめに
全世界的に新型コロナウィルスCOVID-19の感染が拡大する中で、大きな経済的打撃を受けているのが外食産業です。特にアメリカでは、多くの州でバーやレストランにおける店内飲食が長期間規制された他、営業を再開できた地域でも、店内でソーシャルディスタンスを保てるように人数制限が実施されたり、マスクの着用が義務付けられたりしています。また、COVID-19の感染を危惧する顧客が外食そのものを回避する傾向も強く、多くの飲食店が売上減少に苦しんでいるのです。
アメリカの飲食店がCOVID-19感染拡大前の状況に戻るには長い期間が必要だと見られており、多くのビジネスが廃業したり、従業員を解雇したりしています。飲食ビジネスが停滞した際に影響を受けるのはそこで働く従業員だけではありません。サプライヤーなどの影響を考えると、外食産業の苦難は、より広範囲な大きな経済的打撃へとつながるのです。
このような状況の中、飲食業界は消費者の新しい需要に合わせて、ビジネスモデルの転換を実施しています。
飲食業界での海外進出を考えている日本企業にとって、現在の社会状況は大きな壁として立ちはだかっていることでしょう。しかし、消費者の新しい動向を察知し、トレンドに乗ることができれば逆に大きなビジネスチャンスとなり得ます。多くの事業者が時代に合った新しいビジネス形態を模索している状況であり、上手くニッチを捉えることができれば、その市場の第一人者として確立した地位を得られる可能性もあるのです。
本稿ではアメリカの飲食業界がどのように現在の新しい需要に応え、事業を維持しようと工夫しているのか実例とともに紹介します。高級レストランから、ファーストフード店まで広く紹介するとともに、新しいタイプの食事ビジネスについても触れていきます。外食産業や関連事業で海外進出を考えているビジネス関係者の方に関心に持っていただき、海外進出のヒントにしていただけますと幸いです。
2.既存店の工夫
2−1 高級レストランの挑戦
アメリカ西海岸・シアトル(ワシントン州)にあるCanlis(https://canlis.com/)は70年の歴史を誇り、高級レストランのシンボルのような存在でした。COVID-19によりそれまでと同様のビジネス形態を継続できなくなったCanlisはメニューを絞り込み、持ち帰りに特化することで生き残りをかけています。具体的には、朝から昼にかけてはベーグルとサンドイッチを、夕方になるとハンバーガー、サラダ、アイスクリームを売っており、これらはすべてドライブスルー形式で利用できるようになっています。さらに、外出を控える消費者の需要に応えるため、Canlisはディナーのデリバリーサービスも開始しました。1パターンというシンプルなシステムですが、メインメニューの内容は日替わりとなっており、消費者の日常の食事に取り入ることを狙っているのです。Canlisのこのような戦略は、これまで気軽には利用できなかった高級店の味を手軽に、そして手頃な価格で利用できることから消費者に受け入れられており、功を奏しています。以前のビジネスとは大きく異る様相ですが、新しいモデルにより、Canlisは地元の農場サプライヤーから購入を続け、115人のチームメンバーを雇用することができているのです。
アメリカ中西部、ミネソタ州セントポールにある高級レストランSaintDinette(https://www.saintdinette.com/)も同様の戦略を実施しています。SaintDinetteはテイクアウト、カーブサイドピックアップ、配達専用の新しいメニューをリリースしました。このメニューではサンドイッチとサイドの簡素化をしているとともに、これまでレストラン内では提供していなかったようなホットドッグやチーズバーガーなどのカジュアルなメニューが含まれていることが特徴です。しかし、これまでの高級志向を全く排除したというわけではなく、PB&Jサンドイッチに、フォアグラやミックスナッツを加えるなど、高級レストランの洗練された料理を手軽な形で提供するというコンセプトとなっています。
アメリカのフードトレンド調査会社DATASSENTIALの最近の調査においても上記のような持ち帰り重視の戦略への転換が支持されています。同調査では、多くの消費者がドライブスルーを通じて食事を購入することを以前に増して検討しており、車内という空間を他の人からのバリアと見なす傾向があることが分かっています。(https://mcusercontent.com/45027c46b385d9b28f2d3a6d7/files/6b9a99f8-49a9-4767-b650-48f6cdf9c0e2/Datassential_Coronavirus_031920_final.pdf)。
2−2.ミールキットの人気上昇
アメリカ中西部・ミネソタ州を拠点とするファストカジュアルチェーンレストラン、Crisp&Green(https://crispandgreen.com/)は、食事キットの配達と集荷サービスとしてCrisp @Homeプログラムを開始しました。これは、サラダの材料、主食、冷製および温製の主菜・副菜、飲料、お菓子、果物、調理済みの肉魚類、ドレッシングなどの中から、20食分のアラカルト食材を選んで、自宅に配送してもらえるサービスです。消費者は、届けられた食材を組み合わせて約一週間分の食事を楽しむことができるのです。食料品店に行く手間が不要であるだけでなく、半調理されているのですぐに食事を楽しむことができる利便性により、人気を博しています。
2−3.ロボットの導入
アメリカ東海岸・サンフランシスコ(カリフォルニア州)にあるハンバーガーショップ Creator(http://creator.rest/)では、主な調理工程のすべてを自動化した世界初のレストランとして、ロボットが作ったハンバーガを従来より提供していました。そして、現在では、自動化技術をさらに発達させて、完全非接触型で食事を提供するシステムを開発しています。まず、店頭の入り口は閉鎖されており、食事は専用通路を通って、顧客に届けられる仕組みです。さらに、この通路では、外気がレストランの内部に入らないよう加圧されているだけでなく、コンベヤーの表面は自己消毒されています。食事を注文した顧客は、店外のインターホンを介して注文することで、店内で安全に調理・管理された食事を人に全く接触することなく受け取れるようになっています。
2−4.自宅時間を楽しめるキットの販売
COVID-19による外出規制で、自宅で過ごす時間が増える中、多くの飲食店が食事だけでなく、家族団らんをサポートする取り組みを開始しています。例えば、ニューヨーク州のBeascakes Bakery & Breads(https://www.instagram.com/p/B94PWaWpDYh/)やテキサス州のCookies by Lori(https://www.instagram.com/p/B94O2njA2JQ/)は家でクッキーの飾り付けができるキットの販売をはじめました。このキットには、クッキー、フロスティングクリーム、スプリンクルが入っており、大人も子どもも一緒に楽しめるようになっています。
また、バーモント州にあるビザレストランPiecasso Pizzeria & Lounge (https://www.piecasso.com)では、上記と同様のコンセプトでピザキットを提供しています。このピザキットでは、ピザの箱に成形前のピザ生地、チーズ、ソースが入っているのです。その他にも、ベトナム料理のフォーやメキシコ料理のタコスなども、自宅で楽しめるキットの形で提供するレストランが生まれています。
このようなミールキットのコンセプトは、COVID-19の影響で客足が落ちている地元の小規模飲食店が生き残りをかけた策としての意味合いもあります。消費者の自宅時間増加に注目して、需要に合わせた新しい商品を展開することで、なんとか売上を維持しようと試行錯誤しているのです。
3.地元飲食店を支援するビジネスの出現
前項で紹介したように、レストランが各自で様々な取り組みを行う中で、地元の飲食店をサポートしようという動きも活発になっています。例えば、アメリカ中西部の大都市、イリノイ州シカゴでは、Virtual Dining Chicago (https://www.virtualdiningchicago.com)という新しいウェブサイトが立ち上げられており、ここでは地元のバーやレストランに関する最新ニュースが共有されています。
また、ニューヨーク州ではgoodhang(https://goodhang.co/)というサイトが立ち上がりました。このサイトでは、利用者が地元のレストラン、バー、カフェを「仮想会場」として選択し、友達にギフトカードの購入や寄付を勧めることができます。このような各土地の外食ビジネスをサポートする動きは、今後全米の都市へと広がることが予測されます。
4.海外進出・海外展開への影響
日本食ブームのアメリカでは、日本企業による飲食店関連の海外進出が活発行われていました。しかし、COVID-19により外食産業は大きな打撃を受け、多くの飲食関連ビジネスが今までの営業形態を再考する必要に迫られているのです。そのような中、高級レストランから、ファーストフード店、地元に根ざした小規模店舗に至るまで、様々な新しい取り組みに挑戦しています。消費者の購買行動の変革や、社会的背景に敏感に反応することで、逆風に立ち向かう策を模索しているのです。
また、飲食業界をサポートするような取り組みも活発になっています。飲食関連分野で海外進出を考えている場合には、新しい需要に合わせた新しい事業形態の戦略を練るとともに、前述のような飲食業界をサポートする取り組みを積極的に活用することが重要かもしれません。