目次
1.はじめに
テクノロジーの発展とともに、新しいビジネスが次々と生まれています。遠隔医療の分野もそのひとつです。遠隔医療とは、デジタル技術を活用し、リモートでの医療相談や患者の健康状態のモニタリングをするものであり、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大とともに需要が急増しました。
遠隔医療というとごく最近登場したイメージがあるかもしれませんが、実はアメリカの遠隔医療の歴史は1990年代までさかのぼります(アメリカ遠隔医療学会(American Telemedicine Association:ATA)は1993年創設)。国土が広大であるアメリカでは、自宅の近くで医療機関にかかることが難しい人も多く、遠隔医療が受け入れられやすい土壌があったのです。
遠隔医療といってもその内容は多岐に渡ります。新規患者に対して病院訪問前のスクリーニングとして行なう場合もあれば、定期的なケアが必要な慢性患者の確認や処方箋のために行なうこともあります。本稿では、アメリカにおける遠隔医療分野の市場トレンドについて説明するとともに、新しいサービス事例を紹介していきます。
日本の遠隔診療も近年大きく進んでいます。以前は画像診断サービスなど限定的な内容だったものが、かかりつけ医機能という身近なものになってきているのです。実際に、2018年には、再診限定でオンライン診療による保険診療が認められ、2020年4月には時限的・特例的な措置として初診でのオンライン診療も保険適用ができるようになりました。技術の進歩と法的緩和により、日本でも遠隔医療への関心が急速に高まっているといえます。
COVID-19が世界中の国々で広がり続けている中で、最新のテクノロジーを用いて新しいサービスを開発するスタートアップや、遠隔医療分野に参入する大手企業も目立ってきています。遠隔医療ビジネスでは医療機関、患者、保険担当など、立場によって様々なサービスが求められます。汎用型のツールやプラットフォームを生み出すことができれば、国内展開だけではなく、海外進出も大いに期待できるでしょう。本稿の内容を参考に、現在話題の新ビジネスについて知っていただき、日本企業の方が海外進出・海外展開される際の、参考にしていただけますと幸いです。
2.市場トレンド
COVID-19のパンデミックをきっかけに、ビデオ会議の利便性に多くの人が気づき、急速に普及しました。それと同様のことが、遠隔医療についてもいえます。COVID-19のパンデミックの直後から消費者は遠隔医療を積極的に利用するようになったことが数値にも現れています。アメリカで遠隔医療を利用したことのある成人の割合は2020年2月の時点では11%でしたが、翌月2020年3月には17%へと急増しました。そして、2020年8月には36%に達するまで上昇し続けたのです(https://civicscience.com/telemedicine-adoption-stagnant-for-first-time-during-pandemic-in-august/)。
さらに、ラリーヘルス社による予防治療に関する調査(https://www.rallyhealth.com/preventive-care-in-america-survey-2020)では、アメリカ人の3人に1人が、COVID-19が収まったとしても、可能であれば遠隔医療を継続したいと答えました。つまり、急激に需要が拡大した米国の遠隔医療市場は衰退することなく、このまま成長を続けると期待できるのです。
実際、Global Market Insightsのデータによると、過去10年間で、遠隔医療は455億ドルの市場規模にまで成長しました。そして、今後2026年までにほぼ4倍の1,750億ドルを超える市場規模になるだろうと予測されています(https://www.gminsights.com/industry-analysis/telemedicine-market)。また、American Telemedicine Associationは、2030年までに米国の医療サービスの半数が遠隔で実施されると予測しています(https://info.americantelemed.org/ata-action-briefs_healthcare-consumerization)。
3.遠隔医療分野で注目のビジネス事例
ここでは遠隔医療分野で注目の米国スタートアップ企業や大手企業の市場参入事例を紹介します。
3−1.非同期遠隔医療を提供する「Synapse Healthcare Solutions」
http://synapsesolutions.com/
ストア&フォワード方式とは、中継局を介して電気通信を行う場合に、情報を中継地点で一旦蓄積して、その後最終目的地あるいは別の中継局にそれを転送する方式を指します。ストア&フォワード方式を利用すれば、医療提供者は、安全なプラットフォームを使用して、患者の医療データを別の場所にある医療提供者と共有および転送できます。また、医師と患者がリアルタイムで通信する必要がないため、非同期遠隔医療が可能になるのです。 つまり、医師は他の医療機関との連携を強化することで患者の病歴をよりよく理解し、重複する検査など不要なステップを排除するとともに、複数の薬局情報を統合し適切な投薬管理を促進することもできるのです。
2015年に米国バージニア州で創立されたSynapseHealthcare Solutionsは、病院やその他の医療施設にメンタルヘルスサービスと神経学的ケアを提供しています。同社はリアルタイムのストア&フォワード方式テクノロジーを使用しており、特に地方やサービスの行き届いていない地域に対して、専門的なコンサルティングを提供しています。同社のソリューションは、脳卒中の治療など、迅速な対応が不可欠な場合にも非常に役立ちます。
3−2.自己診断ツール「AssayMe」
https://assayme.cc/
自宅での医療検査を可能にする自己診断デバイスとツールは、いつでもどこでも、という利便性、健康状態というプライバシーへの配慮、迅速な結果受け取りなどのさまざまな利点を提供します。このような診断テストを提供するサービスの基本的な流れは、患者が自らサンプルを収集し、そのサンプル結果を読み取るテストキットを利用し、またはサンプルをラボに郵送して分析してもらうという形になります。これにより、医療スタッフは病気の治療が必要かどうかの診断にかかる時間を短縮し、今すぐ診療や治療が必要な患者に専念することができるのです。また、自己診断が普及すれば、これは患者に貴重な情報を提供し、患者が早期に医学的介入を求めることを可能にし、合併症などへの重症化を防ぐことも期待できるでしょう。
2019年米国ニューヨーク州で創立されたスタートアップAssayMeは、在宅尿検査に基づくデジタル健康診断プラットフォームを提供しています。アプリでは試験紙をスキャンし、試薬の変色を分析してテスト結果を表示します。次に、10種類のヘルス指標に基づいた平均ヘルススコアを提供します。このプラットフォームを利用することで、ユーザーは、糖尿病、女性の健康、ケトに焦点を当てた食事、その他一般的な健康状態など、さまざまな医学的問題に関する推奨事項を得ることができるのです。
3−3.処方箋薬の配達サービス「Amazon Pharmacy」
http://amazon.com/pharmacy
2020年11月、米大手小売企業Amazonは「Amazon Pharmacy」という処方箋薬の配達サービス事業を立ち上げました。Amazon Pharmacyは、顧客のモバイル端末から処方箋薬のオンライン注文を受け付けて発送するサービスで、顧客はAmazonのサービスを通じて保険情報の追加や処方箋の管理、支払い方法の選択などができます。
実は、近年Amazonは食品事業の拡大を積極的に推し進めてきました。具体的には、Amazon Fresh、Whole Foods、そして従来のAmazonマーケットプレイス上での食品展開です。そして、この度、薬局事業にも進出することでワンストップショップとして顧客の囲い込みを目論んでいるといわれています。
実生活の中で薬局での買い物と食料品の買い物は密接に関係するものです。薬局で食料品を扱っていることも、食料品スーパーの一角に薬局を設けていることが多いことからもこの関係性は裏付けられます。Amazonでは、顧客がAmazonだけを使用して買い物のニーズを満たすことができるような完全サービスを提供しようとしているといえるでしょう。
Amazon Pharmacyでは基本サービスに加え、Prime会員向けの限定サービスも提供しています。Prime会員あれば、無料の2日以内配達を無制限で利用できる他、保険を使わずに処方箋薬を購入する際には割引を受けられるのです。Amazonによる声明では、Primeでの処方薬購入では、保険なしで支払うときにジェネリック薬で最大80%、主要ブランドの医薬品では最大40%の割引を受けられると話しています。
また、Amazonでは2019年より従業員向けに対面あるいは遠隔での医療サービス「Amazon Care」を提供しています。このサービスは現段階では福利厚生の一部として自社の従業員のみを対象としていますが、今後、一般向けの遠隔医療市場へと拡大していく可能性も大いにあるでしょう。
4.海外進出・海外展開への影響
医療費が高額なアメリカでは、医療費負担を懸念して、重症化してギリギリになるまで医療機関を利用しない人も多いことが、国レベルでの問題となっています。その点からも、比較的費用が安い遠隔医療は歓迎され、今後普及が一層進むと考えられます。
新しいテクノロジーを活用したスタートアップ企業はもちろんのこと、大手企業も遠隔医療市場に参入を始めています。このトレンドは海外進出・海外展開を考えている日本企業にとっても大きなビジネスチャンスとして注目できるものです。
遠隔医療ではそのプラットフォームや、検査キットを利用した自宅での検査システム、健康状態のモニタリングシステムなど、様々な分野でのビジネスアイデアが求められます。現在開拓途上のビジネス分野ですので、ニッチな分野を開拓しその第一人者になれれば、国内市場だけではなく、海外市場に置いても成功を収めることができる可能性があります。