目次
1.はじめに
海外進出をし、現地スタッフを雇い入れるようになると、現地の労務管理にも目を配る必要がでてきます。日本の企業様は、従業員が働きやすい環境を整える活動は日本国内でも整備しておられることと思いますが、アメリカには従業員支援プログラム( Employee Assistance Program、略称EAP)というサービスがあることをご存知でしょうか。
従業員支援プログラム(EAP)は、主にメンタルヘルス対策推進の観点から、雇用主が従業員に提供する職場サービスです。不安、うつ病、家族の問題、薬物乱用などの問題は、職場で放置されると、パフォーマンスの低下からくるクレームの増加、職場での怪我の増加、欠勤、従業員の定着率の低下、さらには労働者の補償の観点から組織に損失をもたらす可能性につながります。EAPが提供するカウンセリングサービスは、従業員があらゆる種類のライフストレスを管理するのに役立ちます。EAPは、従業員が生産性とパフォーマンスを高く維持し、職場での職務に集中し続けることを支援するものです。
新型コロナウィルス(COVID-19)とEAP
現在、COVID-19が猛威を振るい、この感染症対策や不自由な環境により、就業者や米国のすべての職場に影響が出ています。EAPは、このような社会的ストレスと不安が周囲のすべてに影響を与えているときにも、在宅勤務、育児、または病気のストレス要因にどのように対処しているかに応じて、雇用主とその従業員を支援できます。
従業員との関係を維持し、従業員をよりよくサポートする方法を模索している雇用主は、EAPに従業員をサポートするためのサービスがあることを確認し、周知されるとよいでしょう。下記は支援情報が記載されている関連サイトです。
「国際従業員支援専門家協会(EAPA)」にはEAPプロバイダーを対象とした多くの優れた情報がありますが、ビジネスオーナーや企業の管理者もここから多くの有用な情報を入手できます。
https://www.eapassn.org/Home/COVID-19-Helpful-Resource-Links
「Benefits Pro」は、従業員の管理に関する法的な質問とCOVID-19危機に関連する雇用主向けのQ&Aを多数提供しています。
https://www.benefitspro.com/2020/03/18/here-are-some-answers-to-employers-many-legal-questions-about-the-coronavirus-412-95071/?slreturn=20200424225104
「COVID-19ホットライン」は、雇用主がCOVID-19関連の課題に対処するのを支援しています。
https://careconnectusa.org/coronavirus-hotlines-usa/
「疾病管理予防センター(CDC)」には、雇用主が従業員と共有できる「COVID-19についての事実の共有」パンフレットがあり、参考になります。
https://www.cdc.gov/
2.EAPのしくみ
EAPは、会社側が外部のカウンセラー、利用できるサービスを紹介して、従業員とその家族を支援する仕組みです。従業員や家族が利用したEAPの支援は機密情報であり、雇用主はサービスの料金を支払いますが、従業員によるサービスの特定の使用については内容を見る事はありません。企業様の中には「EAPで何が行われているか会社が把握できないということは、コストをかけた分の効果があるのか、精査もできないため意味がないのではないか。」といった懸念もあるようです。しかし、ここで重要なのは直接的なコストパフォーマンスではなく、従業員のメンタルヘルス改善対策を会社として提供しているかどうかなのです。特にアメリカでは個人の権利意識が高い上、社会的構成を守るために整備された法律や制度が数々あります。EAPはリスクマネジメントの一環として有用な制度といえるのではないでしょうか。
3.EAPによって提供されるサービスの種類
提供するサービスは多岐にわたりますが、ほとんどのEAPサービスは、メンタルヘルス、ストレス、うつ病、薬物乱用、経済的懸念、家族の問題、福祉、および法的問題に直接または間接的に対応しています。EAPサービススタッフは、顧客を支援できる専門家であり、長期的なサポートのために顧客を他の専門家に紹介する方法も知っています。
雇用主は、誰がサービスを利用しているか、理由は何であるか、または従業員がどれくらいの頻度で電話をかけているかを知ることができません。医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律の規制により、会社外の第三者であるEAP事業者と従業員の間には完全な機密性があります。
企業がEAPを提供すると、必要性を感じた従業員はEAPの無料電話番号に電話をかけて(またはEAPのWebサイトにアクセスして)、次のようなトピックについて専門のカウンセラーからすぐに支援を受けることができます。
・職場の人格の対立:困難なマネージャーや同僚とどのように連携するかについての
アドバイスや提案。
・薬物中毒:従業員の中毒に対処する方法、または10代の薬物使用防止を含む家族の
依存症に対処する方法に関するアドバイス。
・メンタルヘルスの問題:うつ病、不安、怒りの管理、または従業員またはその家族
が対処しているその他のニーズ。
・健康と介護の問題:労働者の補償請求後の職場復帰の問題を管理する最良の方法、
または職場での障害または医療の問題を管理、支援を得る方法。
・法的および家族のアドバイス:結婚カウンセリング、離婚、または養育の問題。
・ファイナンシャルカウンセリング:破産を回避する方法、クレジットカードの借金
を返済する方法、または予算を作成する方法。
・悲しみの援助:愛する人を亡くした従業員、および同僚の喪失を経験した従業員
のサポート。
4.EAPの傾向
EAPは1980年代から存在しており、現在、米国の雇用主の77%が従業員にEAPを提供しています。
EAPを使用している雇用主の内訳は、従業員が5,000人を超える企業の97%以上がEAPを使用し、1,001〜5,000人の従業員を抱える企業の80%がチームにEAPを提供し、251〜1,000人の従業員を抱える企業の75%もEAPを有しています。
より多くの雇用者がこのサービスを従業員に(米国内および世界の両方で)提供していることを示し続けています。この傾向は勢いを増していますが、従業員が25人以下の小規模な米国企業はEAPを提供する可能性が低くなります。これは、HR部門を持たない小規模な雇用主が、EAPサービスを福利厚生サービスとして認識していないか、設定方法がわからないためです。全体として、米国はEAP市場が世界で最も大きいと言われています。
5.EAPの構成と補足
フルサービスのEAPは、従業員があらゆる種類の問題を解決するために必要な支援を提供するように設計されているため、仕事と生産性を維持できます。雇用主は、サービスを選択した第三者に外部委託することもできます。また、より大きな福利厚生プログラムの一部としてEAPを提供する人事/福利厚生/給与計算ソフトウェアまたはサービス会社と協力する方法などもあり、自社に合わせたサービス内容を組み立てて成果を上げている事例もあります。
6.従業員にEAPを提供するためのコスト
EAPを提供するコストは、導入の方法によって大きく異なります。ほとんどの従業員福利厚生オプションと同様に、EAPは、従業員1人あたり年間約12〜50ドルの費用がかかるはずですが、小規模な企業ほど、従業員1人あたりの支払い額は高くなります。
ワシントンDCのEAPレートに基づく以下のデータによると、通常、大規模な雇用主は小規模な企業よりも従業員1人あたりの料金が低くなります。
EAPの平均コストは下記のとおりです。
(従業員あたり年間)
1〜25人の従業員 50ドル
25〜100人の従業員 36.70ドル
101〜250人の従業員 32.70ドル
無料のEAPサービスもありますが、無料のEAPリソースは、不十分なカウンセリングである場合もあり、従業員からも批判が寄せられると聞きます。これらの事から組織に適したリーズナブルなコストのEAPサービスを見つけて、時間をかけて構築する方が、無料サービスで一時的にしのぐよりも良い方法といえます。
7.雇用主がEAPの価値を評価する方法
機密情報を取り扱うため、費用対効果を会社側で精査することは困難ですが、価値を評価する方法はあります。EAPの組織である従業員支援協会(EASNA)は、雇用主がEAPに費やすドルごとに、投資収益率(ROI)は3ドルであり、企業規模に関わらず、賢い先行投資だとしています。
雇用主の中には、職場での死亡、企業の買収、洪水や竜巻などの天候関連の災害などの大きなイベントが発生するまで、従業員にEAPを提供するのを待つ人もいますが、企業の管理者が従業員のためにEAPに基づいて行動することは有用です。多くの場合、従業員をEAPサービスに誘導するのは人生の共通のストレス要因であり、自然災害や職場での死などの大きなイベントとは限りません。
多くの雇用者は個人的な問題が浸透して、仕事での誰かの生産性や生活の質に悪影響を与える可能性があることを認識しています。実際、EASNA(従業員支援貿易協会)は、成人の4人に1人が未治療の精神障害を抱えているのに対し、8人に1人は依存症の問題を抱えている可能性があると報告しています。これらの静かでしばしば気付かれない問題は、生産性、チームの一体性、および従業員とその周りで働く人々の全体的な健康に影響を与える可能性があります。EAPのメリットを提供することで、これらの問題の多くが従業員の生産性に影響を与えることを軽減し、これにより、企業側は毎年数千ドルの離職にかかる費用を削減できます。
8.最後に
EAPは、従業員の健康状態を維持する福利厚生プログラムの一つです。日本で多くみられる福利厚生でのリフレッシュ機能からさらに踏み込んだ形で、生活のほぼすべての領域で従業員を支援することができます。企業活動を行う上で数々のダメージによるマイナス費用を節約することができることから、海外進出される企業様や世界市場からビジネスを受注している日本企業でも広く普及する可能性があるプログラムだと考えられます。
これからEAPを提供する場合は、その機密性とそのメリットを従業員に十分説明して、プログラムのすべての側面を活用することが重要です。
現地での成長を支えてくれる従業員の幸せなくして、アメリカでのビジネスの成功はありません。最終的に企業活動を担うのは現地従業員だからです。
これまでの福利厚生に囚われず積極的にEAPを活用し、現地スタッフと一緒にビジネスを躍進させていきましょう。